第3回 メラミンとコーデックス規格 

 

食品中のメラミンのコーデックス規格 今年7月、スイスのジュネーブで開催された「コーデックス  ((〔編集部注〕 「コーデックス」は、正式にはラテン語でコーデックス・アリメンタリウス(Codex Alimentarius)と言い、元来は「聖書・古典などの古い写本」の意味だが、英語のCodeの「規則、規範、規格」などと転じて、「食品規格」「食品法典」などに訳される。((社)日本食品衛生協会、(社)日本青果物輸入安全推進協会の両サイトより)))委員会」の第33回総会において、「食品及び飼料中のメラミン濃度の最大基準値」が採択されました。通常は、新規規格が決定するまでには最低でも約3~4年はかかるのですが、今回の食品規格に関してはコーデックスが緊急課題と判断して、2年という驚くほど迅速なスピードで採択されました。 

 メラミンというと、食品分野では容器などに使用されるメラミン樹脂をご想像される方も多いかもしれませんが、コーデックス食品規格は食品及び飼料中のメラミンについてです。 

 では、どうして食品及び飼料中のメラミンのコーデックス食品規格が必要だったのでしょう。
今回は、これをテーマにお話ししたいと思います。 

 

 コーデックス食品規格というのは、参加国(現在:182ヵ国及び1機関(EU))による議論と合意のもとに、消費者の健康を保護し、食品の公正な貿易を促進するために定められた国際食品規格のことです。法的な拘束力はありませんが、各国はこの食品規格になるべく調和するよう求められています。 

 食品中のメラミンが問題にされた発端は、2008年の9月、北京オリンピック終了後に中国で発覚した事件でした。
 その事件というのは、原料乳にメラミンが混入した乳児用調製粉乳が原因で、死者6人を含む29万人以上の乳幼児に腎臓結石などの健康被害が生じたというものでした。 

 食品へのメラミンの添加は国際的にも認められていないのに、どうして原料乳に混入したのでしょう。
 世界保健機関(WHO)の情報によりますと、次のような背景があるようです。 

 生乳を乳児用調製粉乳などに加工する業者は、原料乳のタンパク質含有量を窒素(N)の量を指標に判断します。これがポイントです。
 問題が生じた地域では、増量のために原料乳に水が加えられていました。それをカモフラージュするための手段としてメラミンが使用されたのです。下にメラミン(C3H6N6)の化学構造を示しました。これを見ると、皆さんにもメラミンはNの含有量が多いことがご理解いただけると思います。 

 たとえ原料乳に水を加えてタンパク質の含有量が低下してしまっても、メラミンを加えることでNが追加され、検査をしても見かけ上はタンパク質の含有量は変わらない、場合によっては多いと錯覚させることができるのです。 

メラミン

メラミン

 2007年(先述の中国で大規模な被害が発生した前年)には、米国において、メラミンが混入した中国産の小麦グルテン等を原料にしたペットフードを与えられたネコやイヌにも大規模な腎臓障害が発生しています。(余談ですが、米国在住の私の従姉妹の愛犬も被害にあいました)
 このときも、目的は原料中の見かけ上のタンパク質の含有量を増やすためで、同じようなメラミンの利用はだいぶ前から行われていたようです。 

 では、どうして中国で発生した問題がコーデックス食品規格の採択へと発展したのかと言いますと、もちろん2008年に起きた健康被害の規模が大きかったことが理由の1つです。
 しかし、もう1つ大きな理由があります。 

 それは、「国家間の不必要な貿易障壁をなくす」ということです。
 ここでポイントになるのは、“問題の国際規模への急速な拡大”と“不可避なメラミンの混入”です。 

 メラミンの問題は、乳児用調製粉乳だけでなく、メラミンが加えられた原料乳を使用した菓子類や乳飲料など他の食品へも波及しました。また、家畜用飼料の原料からもメラミンが検出されて問題になりました。そのため、物資の流通とともに、瞬く間に世界規模の問題へと拡大してしまったのです。 

 あまりにも急速に国際問題へと発展してしまったために、各国の対応も、独自の基準値を設定する国や設定しない国、メラミンが検出された食品等の輸入を全て禁止する国など、多種多様でした。 

問題発生の初期段階ですから、消費者の健康を保護するという意味においては、このような対応でもよかったのかもしれません。しかし、いっぽうでは国家間で不必要な貿易障壁をなくさなければならないというSPS協定  ((〔編集部注〕Sanitary and Phytosanitary Measures(衛生と植物防疫のための措置)の頭文字をとって一般的にSPS協定と呼ばれている。正式には「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」と訳され、検疫だけでなく、最終製品の規格、生産方法、リスク評価方法など、食品安全、動植物の健康に関する、すべての措置を対象としている。(農林水産省のサイトより)))があります。 

 そこで問題になったのは、食品や飼料中には、メラミンが意図的に加えられていなくても低濃度のメラミンが存在しているということでした。 

 不可避に存在するメラミンの由来は、主に次のようなものです。
・メラミン樹脂の容器やコーティングからの移行
・食品の製造や加工用設備の消毒に使用されるトリクロロメラミンの分解
・農薬や動物用医薬品として使用されるシロマジンやその他のトリアジン化合物の分解 

 しかも、環境中へ放出されたメラミンは、食物連鎖のため、家畜用の飼料などを介して動物由来食品(例えば、肉、魚、卵)へ移行する可能性もあると言われています。このように、低濃度ではありますが、メラミンは広く存在しているのです。 

 「いろいろな食品にメラミンが含まれているのに、食べても大丈夫なの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、メラミンそのものの毒性は低く、不可避に存在するような低濃度では問題はありません。中国で発生した乳幼児の健康被害は、高濃度のメラミンを繰り返し摂取したことによる腎臓結石が原因です。乳幼児は腎機能が未成熟ですし、メラミンが高濃度であったことに加えて、乳児用調製粉乳が主な栄養源だったという悪条件が重なってしまったのです。 

 各国の対応として、独自の基準を設定していない国の中には、メラミンが検出された食品等は全て輸入禁止とする措置をとった国もありました。しかし、そのような場合、検出されたメラミンが意図的な混入なのか、それとも非意図的な混入なのかは区別されていません。つまり、国によっては、不可避なメラミンが混入した食品なのに、輸入が認められない事態が生じてしまいます。 

 そこで、不可避な混入により食品及び飼料中から検出されたメラミンについて、消費者の健康に有害な影響を与えることなく、かつ各国が納得のゆくコーデックス食品規格が必要になったのです。 

 今回は話がだいぶ長くなってしまいましたが、食品及び飼料中のメラミンについて、なぜコーデックス食品規格(最大基準値)が採択されるに至ったのか、皆さんに十分お伝えできたでしょうか。 

念のため、採択された最大基準値も書いておきます。
- 乳幼児用調製粉乳:1 mg/kg
- その他の食品及び飼料:2.5 mg/kg
- 液体の乳児用調製乳:ステップ3(汚染物質部会で規格原案を検討する段階)にとどめ、次回の汚染物質部会で議論する予定 

 また、中国における乳及び乳製品のメラミン混入に関する関連サイトのリンク集を作成しておりますので、より詳細な情報を知りたい方は参考にして下さい。 

◆中国における乳及び乳製品のメラミン混入事案関連情報
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/chemical/link-melamine.html 

 コーデックス委員会については、厚生労働省及び農林水産省のホームページで紹介されていますので、こちらを参考にして下さい。 

◆厚生労働省:コーデックス委員会
http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/codex/index.html
◆農林水産省:コーデックス委員会
http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/codex/index.html

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