第10回 あなたは不足? それとも、とりすぎ? 

 

 2009年、オーストラリアで、ある栄養素を過剰に含んだ豆乳の摂取による甲状腺機能障害が発生して問題になりました。オーストラリア・ニュージーランド食品基準局(FSANZ)の公表資料によると、問題になった豆乳(Bonsoy豆乳)には“Kombu(昆布)”が加えられていたとのことですが、ある栄養素とは、何だかおわかりでしょうか。

 そう、ヒトの体内では甲状腺に多く存在し甲状腺ホルモンの材料となっているヨウ素(iodine)です。昆布など海藻類には、そのヨウ素が多く含まれています。調査結果では、通常の豆乳のヨウ素濃度が15~281μg/Lであったのに対し、この豆乳には25,000、27,580μg/Lのヨウ素が含まれていたと報告されています。含まれていた濃度を見ると、過剰摂取になりやすかったことがわかりますね。

  ヨウ素が慢性的に欠乏すると甲状腺機能障害が誘発されますが、逆に過剰に摂取した場合にも甲状腺機能障害が生じると言われています。

 では、ヒトは何からヨウ素を摂取しているのでしょうか。ヒトのヨウ素の主な摂取源は食品です。特にヨウ素を蓄積する海藻、海水魚および貝類の寄与が大きいとされています。そのため、食品中のヨウ素濃度は地理的条件や土壌によって左右され、ヨウ素の日常的な摂取量や必要量は地域や国や食文化によって大きく異なります。つまり、ヨウ素の摂取が充足している地域もあれば、不足しやすい地域もあるということです。

 では、オーストラリアはヨウ素が不足しやすい国なのでしょうか、それとも過剰になりやすい国なのでしょうか。
 ヨウ素の摂取量の指標となる尿中のヨウ素濃度の中央値にもとづいて、各国におけるヨウ素の欠乏状態を示した世界地図を世界保健機関(WHO)が公表しています。この世界地図をご覧いただくとお分かりいただけると思うのですが、今回の被害が発生したオーストラリアは“Mild iodine deficiency(軽度のヨウ素欠乏:50~99μg/L)”の地域です。そのため、オーストラリアでは不足を補うために、昨年の10月からパンにはヨウ素を添加した食塩を使用することが義務づけられています。

 ◆参考:Degree of public health significance of iodine nutrition based on median urinary iodine: 1993-2006(WHOホームページより)
http://www.who.int/vmnis/iodine/status/summary/median_ui_2007_color.pdf  [PDF]
(*編集部より~上のアドレスをクリックすると、ご覧いただけます。英文です)

 一方、日本はどうでしょうか。日本は海藻類の摂取量が多いため、他国に比べて多くのヨウ素を摂取していると言われています。残念ながらWHOの世界地図に日本のデータは示されていませんが、「日本人の食事摂取基準」(2010年版)によると、日本人におけるヨウ素の推定1日摂取量の平均値(約1.5 mg/日)を求めるときに参考にした尿中のヨウ素濃度は、280~290μg/Lだと報告されています。これは、東京在住および北海道在住の学童を対象にした研究結果をもとに、体重60 kgの成人の尿中濃度を推定した値です。

◆参考:「日本人の食事摂取基準」(2010年版)(厚生労働省ホームページより)
II 各論,6.2.微量ミネラル,ヨウ素:p237~241
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/s0529-4.html
(*編集部より~上のアドレスをクリックすると、ご覧いただけます)

 この280~290μg/Lという濃度は、WHOの指標で甲状腺機能亢進症のリスクがあるという範囲にあてはまります。こんな話を聞くと不安になる方もいらっしゃるかもしれませんが、「日本人の食事摂取基準」(2010年版)には、次のようなことも書いてあります。
 ヨウ素が不足ぎみの人は、ヨウ素の過剰摂取により一過性の甲状腺機能亢進症が現れるということ、一方、日本人はヨウ素を日常的に摂取しているために甲状腺へのヨウ素輸送が低下する現象が生じて、過剰摂取の影響を受けにくい可能性が考えられるということです。

  このことをよく表しているのが、それぞれの国で設定されているヨウ素の食事摂取基準の耐容上限量の違いかもしれません。オーストラリアでは成人1,100μg/日、子ども(1~3才)200μg/日と設定されていますが、日本では成人2,200μg/日、乳幼児(0ヶ月~2才)250μg/日と比較的高く設定されています。しかも、日本人のヨウ素の食事摂取基準の耐容上限量を示すときには、ヨウ素を連続的に摂取している状況を想定した値であるという注意書きがあります。つまり、たまたま2,200μgを超えるヨウ素を1日摂取したとしても、すぐに健康リスクに結びつくわけではないですよ、というわけです。

  ただし、日本人に過剰摂取による健康への影響が現れないという意味ではありません。日本人でもヨウ素が過剰状態になれば甲状腺機能への影響がみられます。ヨウ素は海藻などに多く含まれていると書きましたが、日本の食品では、昆布入りのだしや昆布茶など昆布が使用されている食品において、ヨウ素の含有量が高いと報告されています(食衛誌 2008 63(4) 724-734)。
 ですから、昆布をそのまま食べるような料理や昆布だしなどを日常的に食べている日本人は、気づかないうちにヨウ素をたくさん摂取しているので、さらに海藻類などを連日多量に食べるような偏った食事をすると、過剰摂取になりやすいと言えるのですね。

 最近は、ヨウ素や海藻類を含むサプリメントなども販売されています。これらの製品は「食品」として取り扱われるために、成分規格などの決まりはなく、含有量も販売業者の判断で決められています。つまり、製品によって含まれているヨウ素の量は違うということです。
 しかも、食品として販売されているので、摂取するのも、しないのも個人の判断にまかせられているわけです。もし、皆さんの中に、自分はヨウ素が不足しているのではないかと心配になって、サプリメントをとろうと考える方がいらっしゃったら、過剰摂取になる可能性もあることを思い出して、まず自分の食生活を見直してみることをおすすめします。

 特に気をつけていただきたいのは、妊婦や授乳期の女性です。皆さんの中にも妊婦や授乳中の方がいらっしゃるかもしれませんね。もしかしたら、この時期の女性には、通常よりもヨウ素が多く必要だということをお聞きになったことがあるかもしれません。妊娠中や授乳期には、ヨウ素は胎児および乳児の発達(特に脳)に必要ですので、母親がヨウ素を欠乏すると、胎児の流産や死産の増加、重度の甲状腺機能低下の場合には脳傷害も見られることがわかっています。ですから、この時期の母親は通常よりも多くヨウ素を摂取することが推奨されているわけです(「日本人の食事摂取基準」(2010年版)では、成人男女共通の推奨量は130μg/日に対し、妊娠女性には240μg/日、授乳女性には270μg/日の摂取を推奨しています)。

  しかし、不足しないようにと思って海藻類を毎日たくさん食べ続けたり、自己判断でサプリメントに頼るなどしてヨウ素を摂取し過ぎると、母親だけでなく、胎児や乳児もヨウ素過剰状態となって甲状腺機能の低下をもたらします。過去には、母親を介してヨウ素を過剰に摂取したために甲状腺機能低下を生じた胎児や乳児の例も報告されています。

  今年11月に日本食品標準成分表の改訂版「日本食品標準成分表2010」が文部科学省より発表されました。今回は7回目の改訂だそうです。この改訂で新たに加えられた項目の中に「ヨウ素」もあります。せっかくの機会ですから、自分が1日にどれくらいのヨウ素を摂取しているか調べてみませんか。

◆参考:資源調査分科会報告「日本食品標準成分表2010」について(文部科学省ホームページより)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/houkoku/1298713.htm
(*編集部より~上のアドレスをクリックすると、ご覧いただけます)

 ◆参考:食品安全情報2010年22号「ヨウ素の過剰摂取について」
 最初にご紹介したオーストラリアでのヨウ素過剰摂取の被害報告などについてまとめてあります。
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/foodinfonews/2010/foodinfo201022c.pdf  [PDF]
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