第9回 「採らない!食べない!売らない!人にあげない!」とは何? 

 

 「採らない!食べない!売らない!人にあげない!」―これは、ある食中毒を防ぐためのキャッチフレーズですが、さて“ある食中毒”とはいったい何でしょうか。

 その答えは「毒キノコによる食中毒」です。今年は例年よりも比較的多く発生し、消費者及び食品等関係事業者に対して注意が喚起されました。このキャッチフレーズは、その注意喚起のために使用されたものなので、ご存じの方も多かったことでしょう。

 ◆厚生労働省:
植物性自然毒を原因とする食中毒防止の徹底について [PDF]http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/dl/101006a.pdf
毒キノコによる食中毒に注意しましょう
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/syouhisya/101022.html
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 毒キノコによる食中毒の大部分は、食べられるキノコと毒キノコを山などで間違えて採取し、家庭で食べたことが原因です。しかし、過去の食中毒の事例を調べてみると、原因はそれだけではないようです。
 今年のキノコシーズンはすでに終わってしまいましたが、今後の食中毒予防のための参考として、今回のコラムでは、「皆さんにも知っておいていただきたい」と感じたケースについてお話ししたいと思います。

  まず、間違って採取した毒キノコを知人から貰い受けるケースです。食欲の秋の幸せを分けてあげようという親切心が逆に災いをプレゼントしてしまうわけですから、譲るほうも貰うほうも気の毒ではありますが、このような例は少なくありません。例えば、今年の10月末までの発生事例について80件ほど調べてみましたが、そのうち約2割はこのケースでした。 

  次に、販売店で提供されるケースです。今秋にメディアを騒がせたので、皆さんもきっとご存じのことと思います。非常にまれですが、販売店だけでなく飲食店で提供された事例も過去にはあります。このようなケースでは、通常は提供される側は疑いを持ちませんので、当然ながらキノコの採取者や提供者が注意する以外に予防法はありません。もし、販売店や飲食店が提供したキノコで食中毒を発生させた場合には、施設の責任が問われて営業停止などの措置がとられます。きのこを提供する側の責任は、それだけ重いということですね。

  3つ目は、食べることができるキノコによるケースです。例えば、加熱やあく抜きが不十分だったために食中毒を起こしたと推測される事例などが報告されています。

  4つ目は、スギヒラタケのケースです。平成16年にスギヒラタケを食べたためと考えられる急性脳症が数例報告されて、スギヒラタケの摂取を控えるよう注意が喚起されました。特に腎臓機能が低下している人での発症例が見られたと報告されています。原因については、有害成分が含まれていた可能性や、気候などの影響で成分に変化が生じた可能性などが指摘されていますが、確かなことは分かっていないようです。
 この事例が意味するのは、食べ物、特にキノコのような天然のものには何が含まれているのか、すべて分かっているわけではないということです。医療技術の発展とともに平均寿命が80才を超えて、透析をしながら長生きできる時代など過去にはまれだったわけで、昔から食べてきたと言っても、昔なら気づかなかった健康リスクがもしかしたらあるかもしれません。人間が管理できず、何が含まれているかわからないだけに、かえって慎重になる必要があるわけです。天然のものだから安全ではなくて、天然のものだから気をつけましょうというわけですね。

  最後に、「○○なら大丈夫」という思い込みによるケースです。このケースは、採る人自身が目の前のキノコを食べられると信じて疑わないケースなので、最もやっかいです。例えば、次のような事例が報告されています。

事例1(鳥取県)1:平成16年10月27日、自宅で栽培していたシイタケの原木に生えていた有毒なツキヨタケを誤って採取し、キノコ汁にして喫食した5名全員が、嘔吐、頭痛等の症状を呈した。
 ⇒ シイタケの原木に生えたキノコなら大丈夫だと思ったのですね。その後の調査で、原木に使用したコナラの木は、伐採後に里山で長期間放置された古木だったことがわかりました。この古木を調べた結果として、里山で放置している間にツキヨタケ菌が原木内にまん延したのではないかと推測されています2。つまり、ツキヨタケが生えやすい古木をシイタケの原木として使っていたというわけです。

 事例2(岩手県)3:平成18年10月22日、農産物販売施設でムキタケとして販売されたキノコを購入し、夕食にその煮つけを喫食した3名全員が、喫食後1時間30分を経過したころから嘔吐の症状を呈した。原因は、当該のキノコを農産物販売施設へ持ち込んだ男性が、例年ムキタケが生えていた木だったためにムキタケと思い込み、誤ってツキヨタケを採取したためであった。
 ⇒ 以前から食べられるキノコが生えていた木なら大丈夫だと思い込んで、毒キノコと食べられるキノコが混生している可能性については考えなかったのですね。

 事例3(岩手県)4:平成18年6月13日、高速道路のインターチェンジ付近でキノコを採取し、夕食にみそ汁にして喫食した5名全員が酩酊、ふらつき、散瞳(さんどう・疾患等により瞳孔が過度に拡大する現象)などの症状を呈した。原因は有毒なヒカゲシビレタケの摂取であり、患者らは「春に生育するキノコは無毒」と信じていた。
 ⇒ これは、根拠のない言い伝え(迷信)をもとに大丈夫だと思い込んだ例で、他に、平成17年10月に山形県で「キノコを裂いてなめ、しびれなければ食べられる」と信じて有毒なドクササコを喫食した事例5、平成15年8月に北海道で「香りの良いきのこは食べられる」と信じて有毒なテングダケを喫食した事例6などもあります。

 多くの各都道府県の公式サイトでは、このような思い込みによる事例を予防するために、毒キノコにまつわる迷信の例をあげて注意を呼びかけています。参考のために、代表的な例を東京都福祉保健局のサイト「食品衛生の窓-きのこの話-」から引用しておきます。
(引用)
 ・柄が縦にさけるものは食べられる
 ・地味な色をしたキノコは食べられる
 ・虫が食べているキノコは食べられる
 ・ナスと一緒に料理すれば食べられる
 ・干して乾燥すれば食べられる
 ・塩漬にし、水洗いすると食べられる
 ・カサの裏がスポンジ状(イグチ類)のキノコは食べられる

 毒キノコにまつわる迷信は他にもあるようで、山形県のサイト「村山保健所_きのこ食中毒に注意」には、毒きのこの煮汁は銀の食器を黒くする、油で炒めて食べれば大丈夫、というものや、猫が食べたら大丈夫なんていう、考えようによってはちょっと残酷な迷信まで紹介されています。

 少し話が脱線しますが、迷信が災いのもとになっているのは、どうやら毒キノコだけではないようです。新潟県の公式サイト「【上越】素人料理はキケン!!~フグ食中毒について~」ではフグに関する迷信が紹介されています。

(引用)
 ・小さいフグは毒も少ない
 ・よく水洗いすれば毒は抜ける
 ・舌に乗せてシビレなければ大丈夫
 ・養殖フグなら肝臓も食べられる
 ・毒にあたらない体質がある 

  この中で、過去の食中毒事例で私がよく目にしたのは2番目の「よく水洗いすれば毒は抜ける」という迷信です。例えば、フグの肝臓を流水下で塩もみすれば食べても問題ない7、肝臓や皮を塩もみして水にさらしたあとに熱を加えたから毒ではなくなった8、と思い込んで食中毒になった例が報告されていました。

  話がフグにまで飛んでしまいましたが、今回のコラムでは、食べられることが確実でないキノコは「採らない!食べない!売らない!人にあげない!」ということを徹底して欲しいということと、「天然ものには慎重になりましょう」ということを皆さんにお伝えしたかったのです。

 ふと思いついたのですが、このキャッチフレーズはフグにもあてはまると思いませんか。ただし、キノコと違うのは、「フグの処理は、有毒部位の確実な除去等ができると都道府県知事等が認める者及び施設に限って行える」と決められていることと、余談になりますがフグなら「採らない」ではなく「捕らない」になることですね。

◆参考資料
1.鳥取県公式サイト「くらしの安心推進課 -平成16年食中毒の発生状況」
2.菌蕈 2007 53 30-32
3.食品衛生学雑誌 2007 48(5) J371-J372
4.食品衛生学雑誌 2007 48(2) J205-J207
5.食品衛生学雑誌 2006 47(5) J333-J334
6.札幌市公式サイト「きのこによる食中毒の発生状況」
7.食品衛生学雑誌 2005 46(2) J168-J169
8.食品衛生学雑誌 2001 42(5) J294-J295

 ◆毒キノコの種類や特徴についてはここでは触れませんでしたので、気になる方のために参考サイトをご紹介しておきます。また、各都道府県の公式サイトでは、その土地に合ったさまざまな情報が公表されていますので、お住まいの地域の公式サイトへアクセスしてみることをおすすめします。

厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/index.html
(*編集部から~上のアドレスをクリックしてください。ご覧いただけます)

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