第5回 私の「シューカツ」、そして「しごと」
今回は、私の「しごと」について紹介させていただきます。
私は、食品中の化学物質の安全性に関する情報について研究をしています。
大学の学部生時代は“脂質過酸化”について、大学院生時代は“食品の機能性”について研究をしていました。学部生時代から食品一筋ではあったものの、“食品の安全性”という分野に限ると、今だからこそ白状できるのですが、当時の私は簡単な専門用語でさえ「???」という状態でした。
では、そんな私が、どうして就職できたのでしょう。
このコラムを読んでいただいている皆さんの中には、就職活動をされている方もいらっしゃるかもしれませんね。たいがいの就職活動本に「面接官を笑わせたら上出来!」と書いてあるのを目にしたことがありませんか。
私も必死に就職活動をしているときに、いくつか面接を受けましたが、緊張しているときに人を笑わせるというのはけっこう難しいものです。でも、現在勤めている研究所の面接のときには、思いがけず何人もの面接官をドッと笑わせることができました。
緊張していたので面接官とのやり取りを全部は覚えていないのですが、質問に答えているうちに、私がきっと変なことを言ってしまったのでしょう。
たしか、面接官のお一人が、「ここで本当に働きたいの?」とズバリと聞いてきたのです。
それに対し、当時札幌に住んでいた私は、とっさに、「本当に働きたいと思わなければ、高い飛行機賃を出して、ここ(東京都)まで面接に来ません!」と答えてしまい、面接官全員に笑われてしまったのだと思います。
その面接の帰り道、もう少しましな答え方があったはずだと大変落ち込みました。
しかし、思いがけず面接官を笑わせたのが功を奏したのか、それとも意気込みが伝わったのかは分かりませんが、「採用」という結果になりました。
さて、採用後、私が配属されたのは「安全情報部」という部署です。当研究所のホームページには、「安全情報部」の業務について「医薬品、食品、化学物質の安全性に関する情報の調査、解析、評価、提供及び研究」と書かれています。
実験担当の部署とは異なり、「安全情報部」の業務はかなり特殊なので、皆さんにはちょっとご想像しにくいかもしれませんね。
では、“安全情報の研究”とは、どのようなものでしょう。少しお話ししてみたいと思います。
まず、理系の研究室というと、白衣を着用し、実験台と数多くの実験器具や機械に囲まれているのが通例ですが、私の机の周囲で目に入るのは、パソコン、文献や書類の山、専門書や専門雑誌、辞書などです。
私は、先述の通り、食品中の化学物質に関する安全情報を担当しているので、研究の基本となるのは、食品の安全性について、国際的に見渡したときに何が問題になっているのか、どのような研究や安全性評価がされているか、それに対する各国の見解はどうかを調査して把握することです。
以前ご紹介した「食品安全情報」の発行もその一環です。
◆食品安全情報◆
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/foodinfonews/index.html
(*編集部から~上のアドレスをクリックしてください。ご覧いただけます)
この「食品安全情報」をご覧いただくとご理解いただけると思いますが、食品中に存在、混入または生成される化学物質ということであれば、汚染物質、自然毒、食品添加物、農薬など、1種類に限らず、さまざまことを研究の対象にします。
「食品安全情報」に掲載しているのは最新情報ばかりですが、重要だと考えられるテーマについては、問題となった科学的な根拠や経緯、各国の規制や過去に公表された見解、評価報告書、文献など、関連する情報を可能な限り調べます。
例えば、 海外で「Xという化学物質が食品Yから検出されました」というニュースがあったとします。このニュースに関連する安全情報と言った場合には、どのようなことを調べるのでしょう。
簡単に思いつくだけでも、次のような項目があります。
‒どこで、どんな状況で、食品YからXが検出されたのか。
‒Xは、食品中にもともと含まれている物質なのか、それとも汚染物質なのか。
‒各国は、このニュースをどう捉えているのか。
‒日本にも影響を及ぼす可能性があるのか。
‒食品中のXについて、国内外で規制されているか。
‒Xは、どんな科学的な特性があるのか。
‒食品中からXが検出されたというニュースは、過去にもあったか。
‒汚染物質だとすれば、Yの他にどんな食品に、どの程度の濃度で含まれているか。
‒それらの食品の摂取量はどの程度か。
‒ヒトでの健康影響は過去に報告されているか。
‒Xを動物へ経口投与した場合の試験結果はあるか。
‒動物に影響があるとすれば、どの程度の濃度をどのくらいの期間与えると、どんな影響がみられたのか。
このように、いくつか思いつくままに挙げてみましたが、他にも調べる項目はたくさんあります。
問題が生じた時の状況や必要とされる内容に応じて、1つの項目を集中的に調べる場合もありますし、全体像を把握するために、いくつもの項目を網羅的に調べる場合もあります。
実験ができる研究の場合は、自ら行った実験結果を根拠に考察できます。しかし、安全性に関する情報の研究の場合は、自ら実験することができません。そのために、文献などの多くの公表資料を可能な限り入手して、それらをもとに科学的な根拠を包括的に考察し、問題点を指摘したり、論じたりしなければならないのです。
最終的には、論文や報告書にまとめることが求められますし、調査した情報を、今後のために蓄積しておいて、必要になった時にいつでも取り出せるようにしておくことも重要になります。
そうして、まとめた情報が皆さんの生活にどれだけ還元されるかが、私が携わる情報研究の勝負どころです。
今回は、私の「しごと」についてお話ししました。
食品の安全情報の研究とはどのようなものか、少しは感じ取っていただけたでしょうか。
この研究では関連する情報を可能な限り見つけ出すとお話ししましたが、では、どのような情報なら信頼性があると言えるのでしょう。
1つのキーワードは、“情報源”です。
次回のコラムでは、この“情報源”をテーマにお話ししてみたいと思います。