第1回 はじめまして―食の「安全」と「安心」ということ― 

 

 もうすぐアジサイの季節だなと思っていた頃のことです。
 女子栄養大学出版部のホームページのコーナーで、「食の専門家が知っておきたい食品科学情報」という連載コラムの依頼があり、数回にわたって食品の関連情報を皆さんにお届けすることになりました。

 今回は第1回目ということで、ごあいさつの代わりに、読者の皆さんに1つ質問をしてみたいと思います。

 
Q.「食品の安全安心」というときの「安全」と「安心」の違いを説明できますか? 

   “そんな分かりきったことを!”とお思いになった方や、もしかしたら、“そんなことを聞いてくるなんて失礼ね”と[前に戻る]ボタンをクリックしようとされた方もいらっしゃるかもしれません。

  しかし、この「安全」と「安心」の違いを確認しておくことは、食品関連の話をするにあたって、非常に大切なことなのです。

  最近、「食の安全安心を」という言葉をよく耳にします。
 まだ記憶に新しい中国製冷凍ギョーザによるメタミドホス中毒や、さまざまな産地偽装、賞味期限改ざんなど、食品が関係する問題が起こるたびに、TVキャスターのコメントは「安全安心を!」、新聞も、食品メーカーのキャッチフレーズも、政治家さえも、「安全安心を!」と少々しつこいくらいです。
 インターネットで≪安全安心≫とキーワード検索をすると、まちづくりや学校づくりなど食品以外の分野でも使用され、インターネット接続サービスの分野では「安全・安心マーク」というものまで登場しているようです。 

 この「安全」と「安心」という言葉、一緒にするとリズムも語呂も良くなり、記憶にも残りやすくなります。そのため「安全安心」と一緒に使われることが多いようですが、実はまったく意味が異なるということを読者の皆さんにはご理解いただいているでしょうか?
 最初に、分かりきったような質問をしたのは、この連載コラムを始めるにあたり、「安全」と「安心」は似て非なるものだということを、読者の皆さんに改めて認識していただきたいという思いがあったからです。 

 では、この違いは、いったい何でしょうか?
 まず、食品の「安全」とは、専門家による試験や調査などで得られた科学的証拠にもとづいて確保されるもので、そこで得られた科学的証拠の評価結果をもとに健康影響などのリスクが除かれる、または許容範囲に留められている状態を言います。
 一方、「安心」とは、消費者など受け取る側の一種の気持ちの問題であって、食品への心配とか不安が取り除かれている状態を言います。 

 このように、2つの言葉が意味するものはまったく異なりますので、食品にまつわる大きな問題が発生したときに、「安全安心」と安易に口にするのではなく、本質的な問題は「安全」にあるのか、それとも「安心」にあるのかを、よく見きわめてから別個に議論されるべきなのです。

  余談になりますが、私は、食品の安全性、特に化学物質分野の情報を収集し、それらの情報を分析してまとめることを業務にしています。例えば、WHOやFAOのような国際機関、米国食品医薬品局(FDA)や欧州食品安全機関(EFSA)などの海外の食品担当機関のウェブサイトや食品関連の論文を参考にしています。このような仕事柄のため、英文を日本語訳に、逆に日本文を英語訳にすることもあるのですが、食品の「安全安心」を英語にしようとすると、ちょっと困ったことになります。

 日本語で表わす食品の「安全」を意味する英語なら、すぐに「food safety」と思いつきます。しかし、「安心」を意味する英語は私が知る限り見あたらないのです。「reassurance」をあてる場合もあるようですが、国際機関や海外の食品担当機関などのニュースや評価書などを見ると、この言葉は「科学的証拠を再検討して事実を再確認する」というような意味で使われています。

 もちろん、海外でも消費者による食品への不安はありますし、行政や研究者らが科学的根拠を消費者にどう伝えるかを検討するリスクコミュニケーションの議論もされています。

 しかし、食品の「安心」にあたいする英語が見あたらないことから考えると、食品の「安全安心」という言葉だけでなく、もしかしたら、食品の「安心」という言葉さえも日本独特のいくぶん情緒的な表現なのかもしれません。

 ここまでお読みになって、「安全」と「安心」は、どう違うのか、お分かりいただけたでしょうか。食品への安心感は、通常は科学的に裏付けされた安全性に関する情報を知り、認識し、そして信頼することで得られるものと考えています。

 先ほど、私は食品の安全性に関する情報収集を業務にしていると書きましたが、その一部を所属の研究所のウェブサイトで公開しています。
 下に紹介する「食品安全情報」は、食品の安全性に関する国際機関や海外の食品担当機関などの最新情報をまとめたもので、隔週で発行しています。専門的な内容も多いですが、海外では今何が問題になり、どんな見解が示されているのかが分かり、食品の安全性に関して知識も視野も広がるものと思います。お時間のあるときにでも、ぜひ一度クリックしていただけると幸いです。

「食品安全情報」 (作成:国立医薬品食品衛生研究所安全情報部)
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/foodinfonews/index.html
上のアドレスをクリックしていただくと、別ウィンドウで表示されます。(WEB編集部)≫

今後の連載コラムの中でも、食品の「安全」に関して、海外の状況、最近のトピックス、基本的な用語などを紹介していく予定ですが、読者の皆さんの「安心」や「正しい認識」に少しでも貢献できればとの思いで書いていきたいと思っています。

Toda Miou登田美桜 
(学歴)
奈良女子大学家政学部食物学科卒業
北海道大学大学院農学研究科 博士前期・後期課程修了
農学博士号取得

(職歴)
国立医薬品食品衛生研究所安全情報部 主任研究官

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